【北欧神話12】豊穣神フレイと光の乙女ゲルズの恋物語
バリの地の その名は愛の座
数えて九夜過ぎたれば
名高きバリの地の森で
ニョルズの華の公達は
光の乙女ゲルズより
歓喜なる そのくちづけを 交わされん
『スキールニルの歌』
愛と平和の象徴。
神々の中で最も美しいとされる
豊穣神フレイ。
神々に、そして人々に愛された彼は
ある日、一人の乙女に心を奪われる。
こんばんは。えむちゃんです。
今宵は、豊穣神フレイと光の乙女ゲルズの
恋物語をお話ししましょう。
フレイの一目惚れ
ここは神々の世界アースガルズ。
豊穣の神フレイは、戯れに
最高神オーディンの玉座フリズスキャールヴにのぼり
天空から世界を覗いていました。
様々な方角を見廻して
最後に北の方角に目をやると、遥か先には
巨人族の世界ヨーツンヘイムが広がります。
偶然か必然か
その時ふと、フレイの目に
美しい乙女の姿がとまりました。
立ち並ぶ館の前を通り過ぎ、
乙女はやがて大きい館の前に立ち止まると
門前でおもむろに手を挙げました。
するとどうでしょう。
途端に乙女の体が輝き、
その光は海や天空に差し込んで
たちまち世界が照らされたのです。
なんと幻想的な光景でしょう。
フレイは息を呑んで
その様子を見つめていました。
乙女が館の中へと姿を消した後も
フレイの頭の中は
彼女のことでいっぱいでした。
光の乙女の名は、ゲルズ。
海の名を冠する巨人の父ギュミルと
山の巨人アウルボザを母に持つ
巨人族の娘でした。
求婚の使者スキールニル
それからというもの
フレイは日夜ためいきばかり。
夜も眠れず、食事も喉を通りません。
見かねた父ニョルズは
従者のスキールニルに
相談に乗ってやるよう頼みました。
スキールニルは承知して
フレイに声をかけます。
「フレイ様、このところのあなたは
調子がすぐれないようですね。
どうなさったのですか。」
フレイは、
光の乙女のことを打ち明けました。
「実に美しい方だった。
あの乙女のことが、私は忘れられない。」
「なるほど、フレイ様に想い人が。
しかし、なぜそこまで思い詰めているのです。」
フレイはなお曇った表情で答えます。
「彼女は巨人族だぞ。
私はもともと彼らとは相容れない。
いやそれよりも、
かつて我ら神々によって討たれた
巨人スィアチというものがいただろう。
あれは、彼女の親君の親戚なのだ。
求婚したところで、
とうてい許されまい。」
「そういうことでしたら、
私スキールニルにお任せください。
フレイ様の名をお借りして、
光の乙女とうまく交渉して参ります。」
この言葉に、フレイは大喜び。
浮き足立って辺りを彷徨くフレイの後を
スキールニルも嬉しそうについていきました。
やがてスキールニルは
小川の水面に写るフレイの姿を
魔法で盃に写しとりました。
そして腰にフレイの剣を差し、
最高神オーディンの魔法の腕輪ドラウプニルと
黄金の林檎を11個たずさえると、
フレイの馬に飛び乗って、
従者スキールニルは
いよいよ求婚の遣いに出発しました。
乙女ゲルズの答え
巨人の世界に到着したスキールニルは
道ゆく男に道を尋ねました。
「なに、光の乙女ゲルズを訪ねにここまで?
悪いが、あの館へは行かない方がいい。
獰猛な犬と燃え盛る炎で、
近づくことすらできないだろうよ。」
「なるほど、忠告ありがとう。
だが、我々には問題ないさ。」
スキールニルは躊躇うことなく
馬の腹を蹴立てると、
フレイの勇ましい馬は
猛犬と業火の中を難なく潜り、
ついに乙女ゲルズの前へと辿り着いたのでした。
ところが・・・
「従者スキールニル。
わたくしは知りもしないお方との婚姻など
お受けできません」
スキールニルは食い下がりました。
「ゲルズ様、こちらの盃をご覧ください。
我が主、フレイ様のお姿です。
数多の神々の中でも最も麗しいと称えられるお方。
お美しいでしょう。
フレイ様からあなたに
贈り物も預かっております。
この勝利の剣は、フレイ様の神器。
愚者には扱えない不思議な代物で、
賢者が持てば、剣はひとりでに動き出し
必ずや敵を討つでしょう。
こちらはオーディン様の黄金の腕輪。
この黄金の林檎は11もあるのですよ。
それから、この勇敢な馬もお譲りします。
すべては、大切なあなたのために。」
しかし乙女ゲルズは
贈り物を一切拒みます。
「そんなものは要らないわ。
どうかお引き取りになって。」
耐えきれず、スキールニルは
思わず勝利の剣を抜こうとしました。
「我が主の厚意を拒むとは、なんたる無礼だ。」
しかしゲルズは、顔色ひとつ変えずに、
「どうぞ、殺したければそうしなさい。
もしそのようなことをすれば
神々の名に傷がつくというもの。」
「・・・なるほど。
ならば、私にも考えがあります」
そう言うと、スキールニルは
落ちていた棒切れを拾い上げ、
何やら文字を刻み始めました。
九夜を待って
怪しむゲルズは問いかけました。
「スキールニル、一体何をしているのです。」
「いえ、ただルーン文字を刻んでいるだけですよ。」
途端にゲルズは青ざめます。
「ルーン文字・・・?
あなた、何を企んでいるのですか」
「いや、ちょっとした呪文を少々。
“光の乙女ゲルズは
フレイ様の求婚を受けぬ限り
生涯独身、もしくは嫌らしい老人と
結婚すること“・・・。」
これを聞いたゲルズは、
慌てて言いました。
「わかりました。
フレイ神の求婚をお受けします。
ですからどうか、
そんな呪文を刻むのはお止めになって。」
こうして、なかば強引に成果を得たスキールニルは
揚々と神々の世界に戻り、
フレイに婚約成立の報告をしました。
「フレイ様、光の乙女ゲルズ様より
お言伝をたまわっております。
“今日より九日の夜を待って
バリの地の、緑の森でお待ちします“、と。」
こうしてフレイは
長い長い九日間を待って、
とうとうバリの森へと赴きました。
暗い森の奥深くには、
光を纏った乙女が一人。
こうして、豊穣神フレイと光の乙女ゲルズ、
美しき二人は結ばれたのでした。
今夜のお話はいかがでしたか?
おやすみ前の神話シリーズでは、
世界中の神話をお話しします。
今日も一日、お疲れさまでした。
それでは、良い夢を。