【北欧神話30】最悪の悲劇。“忘却の杯“と永遠の戦いの物語 / おやすみ前の神話シリーズ
攫わずとも、お前が望むのならば、
お前にならば喜んで
娘を嫁に差し上げたのだ
戦地においていずれが人を殺めるに長けるか
我々は直ちに競り合わねばならぬ
『ソルリの話』
全ては悪意に謀られた。
恐ろしき目論みのもと、純粋なる二人は出会う。
剣を交わし、肩を組み
硬い絆で結ばれた盟友は今や
深い憎しみの渦の中、永遠に殺し合う。
惨劇は初めから仕組まれていた。
あの時、“忘却の杯“さえ
飲んでしまわなければ・・・
こんばんは。えむちゃんです。
今宵は、北欧神話の悲劇、
“忘却の杯“と、永遠の戦いの物語をお話ししましょう。
ヘディン王と乙女ゴンドゥルの出会い
とあるイスラムの国に、
ヘディンという名の若い王がいました。
ヘディンは武勇に優れ、
その強さといったら 20の周辺国を
自分の支配下に置いてしまったほどでした。
ある日、ヘディンが森へ出かけると、
従者たちとはぐれてしまいました。
彷徨う中で、開けた場所にたどり着くと、
そこには大変美しく背の高い乙女が
一人座っていました。
思わず、見惚れたヘディンは名前を尋ねます。
乙女の名は、ゴンドゥル。
二人きりで語らううち、
ゴンドゥルはヘディンに尋ねました。
「聞くにあなたは
素晴らしい功績をお持ちですのね。
ですが北方の国には、
あなたと同じ20の国を従える、
ホグニという王様がいるのをご存知ですか。」
ヘディンは頷きました。
そうしていずれが勝るか、ホグニと決闘すべく
一年かけて北の国デンマークへと船を進めたのでした。
盟友ホグニ王
船が到着すると、突然の来客にもかかわらず
ホグニはヘディンの一行を歓迎し、
宴会の場へと招待します。
ホグニは実に朗らかで寛大な男でした。
妻ヘルヴォルと、
美しく賢い一人娘ヒルドルを家族に持ち、
二人を心から愛していました。
ヘディンがはるばる北の地まで来た
その理由を聞くと、
ホグニは快く決闘を受け入れ、
弓矢に騎乗、剣闘と、あらゆることを競いました。
ところが、二人の実力は見事に五分五分。
結局、優劣をつけることはできずに
二人は互いを認め合い、その絆を誓った
素晴らしい盟友となりました。
ヘディン王の恋
戦いの後も、ヘディンはしばらく留まり
一緒の時を過ごしました。
そんなある日、ヘディンが森へ入ると
またもや従者たちとはぐれてしまいます。
そして彷徨ううち、
たどり着いた開けた場所には
あの時、故郷イスラムの森で出会った
美しい乙女ゴンドゥルが、一人座っていたのです。
ヘディンはこれを一つも怪しいと思いませんでした。
なぜだか乙女の姿が、以前にも増して
ずっと美しく輝いて見えたのです。
すっかり恋をしてしまったヘディンは
あの時と同じように、優雅に声をかけました。
二人で語らううち、ゴンドゥルは言いました。
「暑くはありませんか。
よろしかったら、こちらの冷たいお酒でも
どうぞお飲みくださいませ。」
そうして、一杯の杯を差し出しました。
ちょうど喉が渇いていたので
ヘディンは喜んで、酒をぐいと飲みました。
これがいけなかったのです。
忘却の杯と悲劇
その怪しい酒を飲み切る頃には、
ヘディンはもう、全ての記憶を消されていました。
ホグニと固く結んだ盟友の誓いも、なにもかも。
悪なる女がささやきます。
「良いですか。
あなた方は決して対等ではありません。
ホグニには妃があって、お前にはそれがない。」
呪いの酒で意識が朦朧とする中、
ヘディンは答えました。
「私が頼めば、ホグニ殿はきっと
お嬢さんを嫁にもらうことを許してくれる」
「それではホグニに
一生の借りを作ることになるだけでしょう。
強き立派な王になりたいのなら、
私の命令を聞くのです。
ホグニの妃を殺しなさい。
船の下に押しやって、ばらばらに切り刻み、
そしてあやつの愛娘ヒルドルを拉致するのです」
こうして、悲劇は起きました。
操られたヘディンは、
全てをその通りに成し遂げてしまうのです。
報告のため、女の待つ森に戻り、
再び呪いの酒を飲まされ、
倒れるように眠ったヘディンに、ゴンドゥルはつぶやきました。
「ホグニもお前も、その家族と配下の者共も、全員亡きものにしてやる」
酷なことに、目を覚ましたヘディンは
ここで全てを思い出します。
取り返しのつかないことをしてしまった。
何もかもが、手遅れでした。
ヒャズニングの戦い
この頃、長く家を空けていたホグニは
信じ難い通達を受け、悔しさと怒りに打ち震えました。
盟友が妻を殺し、娘を攫った。
ホグニは直ちに国へ戻り、
軍を率いてヘディンと対峙しました。
ヘディンは、娘や家来、財宝の全てを
ホグニに返して謝罪し、
ホグニの望む通りに、いかようにでもと伝えます。
最愛の妻を亡くし、怒りの治らないホグニは
決闘を望みました。
かつてのような清々しい競い合いなど、
もう二度と叶わない。
悲しみと憎しみの渦巻く、
正真正銘の殺し合いを二人は繰り広げました。
兵士たちも激しく争い、体を深く切り裂かれ、
のちに“ヒャズニングの戦い”と呼ばれる
残酷な死闘は、
世界が滅びる終末の日、
ラグナロクのその時まで永遠に続くのです。
一説には、その後、ヘディンが
見張り番の男に頼んで
自分とホグニ、そして兵士ら全員を
殺して欲しいと頼み込み、
全てを終わらせたとも伝わりますが、
その真相は謎のままです。
今夜のお話はいかがでしたか?
おやすみ前の神話シリーズでは、
世界中の神話をお話しします。
併せて、えむちゃんの朗読ちゃんねるも
ぜひ訪れてみてくださいね!
今日も一日、お疲れさまでした。
それでは、良い夢を。